それって本当に読者のせい?

オピニオン

曲がりなりにもものを書いてる人間として、

「伝わるように書く」ことの難しさを感じることは多いです。

 

言葉って独り歩きするものだし、

断片的な言葉だけ受け取って

解釈されたりもする。

 

Twitterやってると、思ったことありません?

 

「本来の意図と違う風に受け取られた」

「言葉だけが独り歩きして、いつの間にか全然違う意味になってしまった」

 

私は経験あります。

何度もあります。

 

特に話題になるツイートとかだと、

たくさんの人の目に触れる分、

たくさんの人に色を付けられて

それを見た人がまた違う色を塗って、

と、

どんどん違う方向にいってしまうことも。

 

Twitterはただでさえ140文字しかない中で表現するので、

適切に端折りながら簡潔に言わないといけない。

ここも関係してるんでしょうね。

 

 

で、私の考えですけど

それに対して

「なんでこう解釈するのかな」と

受け手のせいにするのってどうなの?

 

 

それぞれの考えや受け取り方、先入観によって

「同じ言葉」でも解釈が違うのは当たり前。

 

最近やっている読書会でも目の当たりにしていますが、

同じ本を読んだとしても、

響く箇所や持つ感想やそれぞれの解釈の、まあ違うこと。

 

その感想を誰かが発信すれば、

読み手に先入観が入って

元の文章に新たな意味を与えてしまうことだって

あり得ますよね。

 

すごく大げさな言い方をすれば、

「ものを書く人間」はそれを受け入れる必要があると

私は思っています。

 

ブログはもちろん、

Twitterだって同じ。

 

勢いにかまけてついでに言わせてもらうなら、

「ちゃんと読めばわかるのに…」っていう言い訳も

私は好きじゃありません。

すごく上から目線に感じる。

 

「こちらはちゃんと伝えているのに

これを読んでわからないのは読み手が悪い」

そう言ってるようなもんじゃないですか。

自分の表現力が足りなかったという思考はないんでしょうか。

 

「筆者の意図を正確にくみ取ろうとして」

「ちゃんと読む」読者なんてそうそういないですよ。

よほど面白い文章か、

ものすごく興味のあることでなければ。

 

それをわかってる人は

「読んでもらう努力」をしてる。

 

それでも読まない人は読まない。

そして頭に残った一部だけ切り取って、解釈する。

 

そういうもんでしょ。

 

だから正確に理解してもらいたければ

その分気を使って、

丁寧に、

言葉を使わないといけないんじゃないかと。

 

少なくとも私はそう思って書いてますね。

それでも伝わりきらないこともたくさんあるから

私もまだまだですけどね。

 

それでも、

“読者のせいにしない。”

 

これだけは忘れたくないなと思います。

 

 

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