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Twitterはただのつぶやき…だけど人様のことまで好きに言っていいの?

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オピニオン

Twitterにおけるtweet、とは

正確に訳すと「さえずり」となるらしい。

なるほどだからTwitterのロゴは鳥のマークなのか、と

妙に納得した覚えがある。

 

日本では「つぶやき」と訳されることが定着し、

だからこそ「つぶやきなんだから好きなこと言っていい」という理論が

正当化されているように感じることがある。

 

でも、それってどうなんだろ。

 

つぶやきといえども、

誰もが目にすることのできるつぶやきだよね。

文字として残るし、

拡散されて色んな人の目に触れる可能性があるつぶやきだよね。

 

なのに好きなこと言っていい、てのは、

ちょっと飛躍しすぎじゃないかなと思う。

 

自分だけで完結することならいいよ。

けど、他人のことを指して言うことも

好きに言っていいってことにはならんでしょ。

 

ここ最近、特に、鬱憤や不満がたまってるからでしょうか。

どんなことにもイライラして叩いて…そんなことが繰り返されてる気がします。

常に怒りの矛先を探しているような気さえする。

 

だから、誰かが槍玉にあげられてるのを見ると

そこに人が集まり、更に流れが加速したり

広がっていったりする。

 

もはや批判、とかいう領域を超えて、誹謗中傷になっていく。

大の大人がよってたかってイジメみたいなことをして、

そういう時に限って「前から思ってたんだけど」とかいう便乗組まで出てきやがる。

 

自分と異なる者を排除しようとしているというか、

そこに対する執着や

群がる人の嗅覚に恐怖すら覚えます。

 

何が楽しいんだろ。

かっこ悪いと思わないのかな。

 

自分は安全な場所にいたまま、

槍玉に上がった誰かを攻撃して逃げる。

 

次の日には何事もなかったように、

また次の怒りの対象を見つけに行く。

 

暇としか思えないよね。

 

所詮、妬みや僻みの結晶なんでしょうから

ほっとくのが一番。

…なんですが、当事者にしたら

ほっとくなんてことほど難しいことはないのですよね。

 

たかがTwitterといえども、

匿名性に守られて過激になった

言葉の刃が

自分に向けられて平然としていられる人はどのくらいいるでしょうか?

 

あなたが言いたいその主張は、

人を傷つけてまで言いたいことですか?

 

少なくとも私は常に

それを意識して発言したいな、と思うのです。

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