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背番号7は私のヒーロー

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3000文字 野球

7という数字がとても好きなのは、

7月生まれ、ということもあるけれど、稼頭央さんの背番号だから、というのも大きい。

私にとって背番号7の代名詞は稼頭央さん。

 

あれ?各球団の「7」って誰だっけ?

選手名鑑で確認してみますね。

 

選手名鑑って、前年のリーグ順位の順で掲載されてるんですよ。

日本シリーズはパが勝ったからまずはパリーグね。

西武ソフトバンク日ハム…と6位の楽天まで。

そしてセリーグね。

 

だから最初西武を開くじゃないですか?

「7」がいないんですよね。

 

あれーなんで西武は7がないんだろ…

…あ…稼頭央さん引退したからだ…

って妙に淋しさがこみあげてきたなうです。

 

で、さみしさをこらえてね、

こうして選手名鑑をめくってね、

つぎはソフトバンクね、開くまでもないね、

中村晃ね、うんそうだよね。

早く戻ってきてほしいね。

敵なんだけど。

超怖い敵なんだけど。

でもいい選手だからさ。

 

で、日ハムね、これも知ってるね、

西川遥輝ね、うんそうね。

イケメンで足速いとモテるしかない奴。

 

で、オリックスね、

オリックスって去年4位だったんだっけ。

ほんでオリックスって「7」いた?

うんやっぱいない。

いないんだねー。

 

次ロッテ。

これも知ってるわ。鈴木大地ね。

キャプテンシーとリーダーシップ、勝負強さがたまりませんわ。

 

で楽天。辰己。ドラ1ルーキーですね。

4球団競合の、ピカピカルーキー。

 

実は楽天の背番号7を次に誰が付けるのかは、ファンの間ではひそかに論争になってました。

稼頭央さんと同じ、スイッチヒッターの田中和基が有力で、

新人王も獲ったし今季は「7」になるんじゃないかと。

今付けてる「25」も、昔稼頭央さんが付けてたしね。

そこから「7」になったわけだし。

あとは島内も付けたいって言ってたとか言わなかったとか。

 

でもドラフトの後、

辰己に7あげるってなって、

結構衝撃でしたよ。

まじか―ルーキーにあっさりあげちゃう?って。

ま、しゃーないね。

 

ここからうまいつなぎが思いつかなかったので

本題に入りますっていう、この上なくオーソドックスなセリフでつなぎますね。

 

そもそも私が野球を好きになったのは

友達に無理やり連れていかれたからなんです。

その試合が、マー君が完封した試合で、

野球のこと全然知らなかったけど

応援したチームが勝ったしなんかうれしいねーくらいの感想だったんですけど

臨場感がすごくって。

テレビ中継と違いすぎる!って思ったのは覚えてます。

 

本格的に好きになったのは2回目の観戦から。

職場で得意先からチケットを譲ってもらったとかで、希望者どうぞって募ってたんですね。

仕事の日だったんだけど、得意先に譲ってもらったっていう事情もあるから

絶対ブッチしちゃだめで。

残業もしなくていいから必ず行くように!みたいな。

 

それで、わりとつるんでたメンバーで行こうって誘って行ったんですよ。

なんと飲み放題付きだったので、

定時であがれて、入場料払わなくてよくて、

飲み放題ってもう最高じゃないですか。

 

最初の方は飲み食べしながらはしゃいでたんですけど

酔いが回ってきて楽しくなってきた頃に、

そのうちの一人がちょっとあっち行ってくるわ!と

外野の応援席のほうに行ったんですね。

 

しばらくして戻ってきて、

応援歌覚えてきたんですよ。

それで見よう見まねで歌ってたら、

近くの陽気なおっちゃんに話しかけられたりして盛り上がって

そうこうしてるうちにね、

試合がね、

なんとサヨナラホームラン!!!!

 

これはもう大騒ぎ。

もちろんさっきのおっちゃんも。

それで楽しくなっちゃって。

野球って楽しい!!!面白い!って覚醒しました。

 

これが野球を好きになるきっかけでした。

2011年かな。

 

だから入りは野球が楽しいっていうよりは

みんなで見るって楽しい、ていうところだったんだけど

そこからどんどんハマっていって。

ルールも少しずつ覚えたり、選手を覚えたり

応援歌を覚えたり。

 

その過程で見つけたのが松井稼頭央さん。

 

きっかけは覚えてないんだけど、

うろ覚えな記憶では、

野球で一番難しいポジション=ショートっていうイメージがあって

そこを守ってる人=めっちゃうまい人=かっこいい人

ってなって追い始めた気が。

 

しかもなに、右でも左でも両方で打てるの!?すごっ

みたいな風になって。

いいところで打ったりもするしねー。

 

あと、ヒーローインタビューが、素敵なの。

必ずファンのことに触れるの。

それで段々好きになった。

 

お察しの方もいらっしゃるかもしれませんが

そうです、私、西武時代もメジャー時代も知りません。(ドヤっ)

 

かろうじて覚えてるのが、「リトルマツイ」という呼び名だけ。

あと楽天の入団会見。

日本に戻るとなった時に最初に声をかけてくれたのが星野さんだったみたいな。

地元だからニュースでよくやってたんですよね。

「ふーん、メジャーから、誰か来るのか」くらいしか思ってなかった。

興味なかったからね。

 

でも別にいいじゃないですか。

好きになったのは今の稼頭央さんなんだから。

 

ではここから印象に残る稼頭央さんの名シーンベスト3を紹介しますね。

 

第3位

2000本安打を秋田で打つ。

 

会見で、東北のファンのみなさんの前で打てたことがよかった、

と言っていたのがとっても印象的でした。

 

第2位

優勝のときのビールかけでなぜかタンクトップ

ムッキムキの体を披露

 

楽天の初優勝の時、稼頭央さんはキャプテンでした。

たしかビールかけの乾杯の音頭を取ったと思うのですが、

極寒の中、なぜか「GOLD GYM」と書かれたタンクトップ(笑)

後から理由を聞いたら

筋肉を見せたかったと。笑

おちゃめ!かわいい!

 

第1位

ショート松井稼頭央、復活の6-4-3ダブルプレー

 

堂々の1位ですね。

体の負担を考え、少しでも現役を長く続けるために、

自ら志願してショートから外野へコンバート。

それが2015年。

 

それから2年後の2017年。

ショートを守っていた野手の相次ぐ故障、

そしてその間の代役だった選手の打撃不振。

 

オリックス戦だったと思います。

9回だったかな。

1点ビハインド、チャンスの場面で、そのショートに出された代打は松井稼頭央。

見事なタイムリーで同点に追いつきます。

 

その後逆転までは至らず、延長戦に。

ファンは「誰…誰がショート?稼頭央さん来る?」とザワザワ。

 

そしてショートのポジションについたのはやはり

稼頭央さん!!!!

球場のファンも大歓声でした。

スタジアムDJも少し興奮気味でのアナウンス。

 

私はこの時テレビで見てましたが、

めっちゃ現地観戦がうらやましかったです。

生でショート稼頭央をもう一度見たかったな。

 

野球では交代した選手が

なぜか守備機会に恵まれるという都市伝説があるようなのですが

初球は見事に稼頭央さんに行きました。

 

そして、ランナー1塁に置いて

バッターが打った打球はショートゴロ!!

 

6-4-3

稼頭央ー藤田ー銀次のダブルプレイ!

 

からの、藤田とのグラブタッチ。

 

歓喜しました。

そりゃあ歓喜。

 

私のLINEプロフィール画面は

いまだにその時の写真です。

 

その試合は結局引き分けになってしまったのですが

ファンの間で伝説の試合になってます。

 

しかしその年のオフ。

稼頭央さんは打撃不振で2軍生活も珍しくなくなりそのまま戦力外通告。

西武移籍になりました。

 

球団はコーチを打診したらしいですが、

稼頭央さんはあくまでも現役にこだわり、折り合わず。

 

この時ほど球団フロントを恨めしく思ったときはなかった。

もう少しいてくれたらコーチも引き受けてくれるはずなのに…と。

 

引退も、もちろんショックでしたけど、

古巣西武で、リーグ優勝チームで最後を迎えられて良かったのかなと思うことにしました。

 

私の一番の思い出は、

西武移籍前、試合見に行ったときに

稼頭央タオルを掲げてたら気づいてくれて

手を振ってもらえた時の笑顔。

 

すごく喜んで手を振り返したら、

10秒くらいニコニコってしながら手を振り続けてくれて。

恋に落ちそうになりました。

 

 

そんな大好きな稼頭央さんも引退。

最後にグランドを去るとき、しっかりファンの近くまで行って挨拶し

ショートの位置に手を置いて帰っていったのが印象的でした。

 

イチローさんも引退。

稼頭央さんがいなくなって、

現役最年長になった福浦さんも今年限りと発表。

 

どんな人でも引退は淋しいよね。

敵チームでもやっぱ淋しいよ。

 

でもどんな一流の選手にも必ず終わりは来ます。

どんなことにも必ず終わりが来る。

どんなことにも、ね。

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