成長の鍵は「自己開示」なのか?

3000文字チャレンジ

※こちらはTwitter連動企画、3000文字チャレンジ参加記事です。

 

今回のテーマは「成長」です。

いつにもまして独り言のような駄文で恐縮ですが

早速参ります。

 

 

 


 

 

 

「しっかりしてるね」

とよく言われます。

 

3兄弟の末っ子だというと、

大抵驚かれる。

末っ子=甘えん坊のイメージが強いらしく、

甘えん坊と私は結び付かないらしいです。

 

それと双璧をなすように言われるのが

「頑張り屋さん」。

 

しっかり者で頑張り屋さん。

そう思われたり、

言われたりするのはうれしいです。

言われる度に、また言われるように頑張ろうと思う。

 

そうやっていつしか私は

それが自分なんだと思って生きてきました。

 

周りに与えているイメージ通りになるために頑張っていたのか

本当に頑張っていたから周りがそういうイメージを持ったのか

今となってはわからないくらい、

自分のものとして私に染み込んでいます。

 

そうしているうちにいつしか

人に甘えることが苦手になっていたみたいです。

弱みを見せたらいけない、

そう思うようになっていました。

 

 

 

たとえば恋愛中は

「話したい」「会いたい」はすぐに言えるのに

悩んでいることは全然話せない。

 

最初に違和感を覚えた時に口に出せばいいのに

言われて嫌な思いをするだろうな、

楽しい雰囲気を壊したくない。

そう思うと言えなくなります。

自分が耐えればそれでいいんだ、

きっと耐えられる。

そう思って押し込めてしまいます。

 

正直に言うと、耐えている自分に酔ってるとこもある。

相手のことを思って耐えてる自分っていい子。

そう思いたいっていう部分もあると思うんです。

 

ずっとそのままいられればそれでいい。

だけど、

積もりに積もった感情はどこかで零れてしまう。

表面張力で持っていたのに

最後の一滴ですべて溢れてしまうように

とめどなく感情が流れ出る、

ということになることがしばしばありました。

 

今思えば、

まだ傷の浅いうちに、かわいく言えてればよかったな、

と思うことばかり。

 

でも今の記憶のまま過去に戻ったとして、

それができるかは甚だ疑問ですけど。

 

 

仕事では。

 

甘えておけばよかった、と一番思うのは、

新入行員時代。

 

まだ窓口業務もままならないうちに、

私一人で融資係を任されました。

しかも法人融資。

 

法人融資は、

会社の決算書を読まないといけなかったり、

それなりの専門知識が必要で、

普通は新人一人に任せることはあり得ないんです。

 

小さな支店で人手も足りず、

融資を担当していた行員の異動が決まったこともあり、

配属されて間もなく何の係もしていなかった私を支店長は抜擢しました。

 

新規融資はほとんどなく、

今の融資管理をするだけだから大丈夫、そう言われて。

 

直属の上司にはこう言われました。

「支店長は任せられると思ったから任せたんだよ」

 

期待されている、と思い途端に頑張らなくてはと力が入りました。

 

小さな店のわりに繁忙で、

座っている暇もないくらい忙しい上司に

わからないことを聞けるような勇気は私にはなく。

ひたすら前の案件の資料を読み込み

過去の融資書類を参考にしながら

無我夢中でやってたと思います。

 

書類の不備を出し、

それを修正するための会社訪問は何度もしました。

自分のミスでガソリン代なんて出るわけもないドライブに

何度行ったかな。

気分転換にもなってよかったけどさ。

 

主な仕事は「融資期限の延長」みたいなことで

返済期限が来ても返済できない融資を

もう一度審査を通して実行するっていうものでした。

 

新規融資より書類も少なくて断然簡単なんだけど

もう一度審査しないといけないから

支店長に自分の意見も書いて提出しないといけないんです。

 

“なぜこの会社の融資を継続したいのか。”

担当者の意見としてここが結構大事なんですが、

「そんなことわかんない。

ただ期限がきても払えないから継続するんだよ。」

正直にそんなこと書くわけにいかない。

 

そこで、どんなことを書いたらいいのか、

書くためにはどうすればいいのか、

聞けばよかったのに。

 

聞けなかった。

自力で頑張るという道を選んでしまいました。

半端ないストレスをも自分だけで抱えて。

 

のちに、私がつくった融資書類を見て他店の先輩が

「これ新入行員がやったの?うそでしょ?って思った。

すごく大変だったと思う。頑張ったね。」

と言ってくれたことがありました。

 

飲み会でのことだったけど、

皆の前で思わず泣いてしまうくらいうれしかった。

報われた、と思いました。

見ててくれる人がいるんだ、と。

 

だけど、あの時本当にやるべきことは違ったんだと思います。

ちゃんと「わからない」を主張するべきだった。

一人でがんばるよりも、

わかる人に聞いた方が効率もよかったし、

取引先にとってもミスして何度も訪問されるより良かったんです。

自分が頑張ればいい、

ではなくて

周りを巻き込んでやるべき仕事だったんだろうと思います。

 

 

 

リクルートを退職する時、

当時の所属していた部門のトップの方から手紙をもらいました。

それにはこう書いてありました。

 

「〇〇(私の名前)は、素直ではない人でした。

言い換えれば、自己表現、想いを伝えることが決して得意ではない。

あるいは、それは美徳ではないという思いが、実は深層心理に横たわっている人。

 

自分がその部分で決して器用ではないことも自覚しているよね。

だから悩むし、精神的に疲れることもあったはず。」

 

手紙をくれた人は、

人の観察をして、性格や考えていることを見抜くのがとても上手な人でした。

話をすると、すべてを見透かされそうな気がして苦手だったくらい。

 

手紙をもらったとき、

そうかな?と少し納得できなかったけど

今やっとわかります。

 

悩みがあっても打ち明けられない

打ち明けずに一人で解決することがベストだと思ってる。

 

困った時、人を頼れない。

弱音を吐かず、自力で解決しようとする。

 

そんな性格を言ってくれてたんだろうなと。

 

悩んでることに気づいた上司が声をかけてくれて相談してたら

チームのメンバーから勘違いされて

総スカンくらったこともあったな。

 

素直に困ってるって言って

周りに助けてって言えればよかったんだよな。

 

 

悩みごとを言うのって、

自分の悩みを他人に背負ってもらうような気がして

聞いてて決して気持ちがいいものじゃないかなと思ったりして

なかなか、なかなか言い出せないんです。

 

そのくせ人の悩みを聞くのは嫌いじゃなくて

むしろ共有してすこしでも軽くなるなら話してくれ!

と思ってしまう。

大事な人であればあるほど。

 

それなのに私は

よく見られたくて虚勢を張ったり

自分を大きく見せたくなってしまう。

 

 

朝、経済ニュースを見るのが習慣なんですが

今週、新人アナウンサーが交代で出るんだそう。

 

月曜日が一人目。

いかにも緊張してます!みたいな顔で

挨拶も「今こうして立ってるだけで倒れてしまいそうなくらい緊張してます」

でした。

原稿読みもすこしたどたどしい。

 

火曜日が二人目。

めちゃくちゃしっかりしてて、

挨拶も原稿もまったく噛まない。

新人か?という堂々とした立ち居振る舞い。

 

二人目の子の方が、仕事はできそう。

けど、かわいいな、と気にかけてあげたくなるのは、一人目の子だったな。

 

その子たちを見て思いました。

たぶん私に足りないのは

一人目の子みたいな「愛され力」なんだろうなって。

 

抜けてるところ見せたくないとか

仕事できると思われたいとか

邪なことばっかり考えてるからな。

 

 

素直になって

弱いところを見せて

甘え上手になってみたい。

 

 

猫って、

信頼した相手にだけ、おなかを見せるそうなんです。

 

だから仰向けで寝る猫は、

野生にはいないらしい。

うちのねこ様は、たまにやりますけどね。

家猫だし、もう警戒を解いているということなのかな。

 

私はおなかを見せれるくらい打ち解けてる人って誰だろう、と思うと

本当にほとんどいないんですよね。

 

自分がこうしたい、と思っても、

そうしたらどう思われるだろう、が先に立っちゃう。

 

だから、することもほとんど不言実行。

 

 

でも、Twitterを始めて、

つながりができるようになって、気づいたことがあります。

 

やりたいっていえば応援してくれる人が現れる。

しんどいっていえば励ましてくれる人が現れる。

どんな時でも支えてくれる人もいる。

 

きっとこれってTwitterだけじゃなくて、

リアルな世界でも同じなんですよね。

 

自分をさらけ出すのは私にとってものすごく勇気がいることですが、

周りを信じてそうすることができたら。

弱みに気づくことができたり

それをカバーしてもらったりできたら。

 

もっと成長できるのかな。

より深く人ともつながれるのかな。

そう思ったりもしますが

シンプルにそんな人に憧れてる、

というのが本音です。

 

まだまだ武装している私ですが

ひとつずつ鎧を脱いでいけるように「訓練」したい。

 

その一歩として、このブログを書きました。

これも私にとってはかなり勇気のいる自己開示。

この企画があったからこそ、書こうと思えました。

 

読んでくださってありがとうございます。

 


 

 

あとがき

 

これを書こうと思ったのは、

企画主催者なかのさんのラジオがきっかけでした。

 

申し訳ないことに、すべてを聞いているわけではありません。

しかし、なかなか更新されない(笑)最新話を

なんとなく聞いてみようと思いました。

 

そこでこんなことをおっしゃってました。

「3000文字の企画は、誰かに聞いてほしいという使い方もあるんじゃないか」

(正確ではないと思いますがニュアンスはそんな感じだったと…)

 

たしかにな、と思ったんです。

 

前回、「3000文字電話」で母のことを書きました。

私が書いた記事の中では、かなり暗く重い内容にもかかわらず

多くの方にコメントをいただきました。

 

恥ずかしながら、私は記事を公開してからも

(むしろ公開したからこそかもしれませんが)

なかなか気持ちの整理がつかず、

すべてのコメントに返信することができませんでした。

この場を借りてお詫びします。

ごめんなさい。

 

それでも、リアルの友達には誰にもあそこまで話せなかったことを

聞いてもらえたというのは

本当にありがたいことでした。

 

 

それと同じように今回も、

みなさまの胸を借りて書かせてもらった、

というような記事になりました。

 

構成も文章も拙いもので

ただつらつらと思いのままに筆を走らせたような駄文。

普通なら読んでももらえないでしょう。

企画があることで、読み手がいるということに

甘えて書いたようなものです。

 

それでもここまでお読みくださいまして

本当にありがとうございます。

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