脱社畜サロンに入ったことを全力で自己肯定してみた。

脱社畜 ワークスタイル

こんにちは、

脱社畜サロン元メンバーだったねこまにあ(@necomania7)です。

 

今わたし、とってもモヤモヤしています。

 

というのも、

最近たくさん見かけるんです。

脱社畜サロンや主催者、

さらにはそのメンバーを批判するようなブログやツイートを。

その度になんていうか…悲しくなるんですよね。

 

見たくて見ているわけじゃないんです。

むしろ見たくなくて、対策をしました。

 

ツイッターでそれに関係する言葉をミュート設定したり、

批判的なツイートをするアカウントをミュートにしたり、

フォローを外したりしました。

 

それでも

フォローしている人の「いいね」や「リツイート」で流れてくるのです。

 

こんなにミュートしているのにまだ流れてくるか!

と逆に彼らの影響力を思い知る結果となっております。

 

そしていつも悲しくなる。

 

なぜ悲しくなるのか?

考えてみました。

 

認めたくないけどそれは、

なんかごもっともなことが書いてあるから、です。

そう、図星です。

 

ちょっと違うんじゃない?ていうこともあります。

だけど冷静になると、確かにそうだなぁ、

て思うことも書いてあるんです。

 

でも本当に、サロンに入ったのは悪いことばっかりだったんでしょうか?

それは違います。

だからここでは、サロンに入ったことを全力で肯定してみたいと思います。

 

これは脱社畜サロン自体を宣伝するものでもおススメするものでもありません。
サロン=悪いもの、サロンメンバー=悪いものと分からず入ったバカ
という意見に負けず自己肯定するものです。

入ってみるという行動をしたことをほめたい

 

批判① サロンに月3000円使うならビジネス書2冊買った方がよくない?

 

これすごく目にします。

そして退会した後、私もそう思ったのは事実。

 

でも、でもね。

本とサロンは違いますよ。

 

本は立ち読みしてなんとなく内容をつかんで

面白いと思った段階で買えます。

 

だけどサロンはクローズドなコミュニティ。

内容は公にされていないので、

募集広告を読んで内容を知りたいと思ったら

入ってみるしかないんです。

 

入ってみて、情報に価値があるか判断する。

この行動ができただけですごい!

 

おもしろそうだけど、入ろうかな、どうしようかな、

と悩んでる時間に費やすくらいなら

いさぎよく3000円払った方が効率的だと思います。

それくらい行動力があったってことです。

すばらしい。

宗教上等

批判② サロンは宗教。搾取されていることに気づかないバカ信者

 

これも多いですねぇ。

 

「宗教」「信者」というのが

あやしい新興宗教のイメージが強くて

なんか悪いもの、みたいに思えてしまいますよね。

 

たしかに宗教と似てる部分もあるのかもしれません。

 

私はサロン=宗教というよりは

サロン=ファンクラブ、という方がしっくりくるのですが

まあ人それぞれの考え方の問題です。

 

ただの比喩だし、

ちょっと似てるかもねーくらいで流しておけばいいです。

もともと宗教って悪いことじゃないし

信仰の自由は認められています。

 

後ろめたく思ったり、

なんだとー!と戦う必要はありません。

 

そもそも

教祖になんて簡単になれるものじゃないですよ。

私これから宗教つくります!って言ったって鼻で笑われるだけなのに

つくるつもりがないのに宗教って言われるくらいの組織を作るって

わりとすごいことだと思いませんか?

 

宗教と評されるくらい影響力のある人たちなんだなぁ。

そんなサロンに一時でも入ってたのはいい経験だった!

経験を買ったと言ってもいい。

あれは恋だった、と思ってみる

批判③ 彼・彼女が言うことだったら何でも信じるの?それって危険じゃない?

 

これもよく目にする批判です。

 

それに対しては、

「だって好きなんだもん。」

これで解決できます。

 

好きになったらその人を知りたいと思うし

尊敬してる人から何か盗みたいと思う。

それと同じで別に悪いことじゃないのでは。

 

生き方や働き方、

発信するコンテンツや本に感銘を受けて

 

この人みたいに生きたい!稼ぎたい!

どうしたらそうなれるのかな。

少しでもノウハウを吸収したい。

考え方を盗みたい。

もっと知りたい。

 

そうなってしまう。

 

恋だったんです。

 

それだけその人の生き方が、発信していることが、

魅力的だということです。

歌の歌詞みたいなこと言うと、

「そんな相手に出会えたことが宝物」ですね。

批判アカウントとの付き合い方

この記事は本当は、

批判している人たちに聞いてもらいたくて書き始めました。

 

書いているうちに考えが整理されてきて、

この記事が一番貢献できる人たちって誰だろう?と考え

私と同じようにモヤついてる人もいるんじゃないか?ということに気づき

一気に自己肯定に方向転換したものです。

 

そして書いているうちにもう一つ気づきました。

批判記事を見つける度にモヤモヤしてたら体がもたないな、と。

 

なぜそう思ったかというと、

脱社畜サロン批判ツイートをしているアカウントを見たからです。

 

その人のタイムラインは

ほとんどが誰かしらへの批判で埋まっていました。

 

私は見て「うげっ」となりましたが

フォロワーさんが何千人。

 

そういうツイートを見たい、という人が

何千人いるっていうことですよね。

 

そのこと自体をどうこう言うつもりはないです。

需要があるからフォロワーさんがそんなについてるってことですし

拡散するのも発言するのも自由です。

 

そしてその何千人が拡散すれば、

自分のタイムラインに流れる可能性は高い。

もうこれは目にするなという方が無理です。

 

ここから先は、

自分がこれ以上モヤモヤしないための提案です。

 

見ないように画策しても目に入ってしまうなら

意図せず目にしてしまった時には

「いろんな人がいるなぁ」と他人事として片付けることにしましょう。

 

批判ばかりしているアカウントと

好きなことやいいことばかり発信しているアカウント

自分ならどちらが魅力的だと思うか考えて

それで自分が発信することを選べばいいんです。

 

批判アカウントは消えません。

自分が好きなことを否定していることを目にすることもあります。

でもその発信者にやめてくださいとは言えないし、

言ったところでやめないし、

やめたところで違うアカウントが発信するだけです。

 

だから誰かの発言に心を乱されないよう

関わらないことが一番。

 

あなたは私と違う世界の人間でした。

とそっと切り離すことにしましょう。

(直接伝えるわけではないです)

 

それが一番健康にいい気がします。

 

今日は以上です。

ありがとうございました。

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